こんな私でもAVでれますか?』(マスカット)である[115][* 7]。もちろん一般的にAVでは若く清楚な女優が好まれるが[116]、「夢工房シーオーエルディディー」の芳賀栄太郎とADの中野貴雄はそこに斬り込み、56歳の浜野弘子を主演とした熟女物を制作した[117]。ボディーサイズはB104、W115、H130、下ぶくれの顔で、どう見ても美人ではない[118]。だがこの作品は、当時「キワモノ」が流行していたこと[119]、週刊誌で取りあげられたことなどにより700本以上を売り上げた。これはAVメーカーにとって十分に利益のある数字である[118]。, なおきっかけは、「会社によく来るヤクルトおばさんや保険の勧誘員をAVに使えないか?」というアイディアからだった[118]。また、熟女女優をマネジメントしているプロダクションなどはもちろん皆無であり、「歌舞伎町の大久保公園(当時、売春のメッカであった)で500円でフェラチオしてくれるおばちゃんたち」の中から、一番若い人を連れてきたということであった[120]。この衝撃的な作品はFOCUS、FLASHで撮影現場が公開されたが[121]、藤木によれば女優の演技がよくなく、作品としてはいまひとつであったそうだ[122]。ただしこれは嚆矢であるが、ブームを作ったものではなく、いわばキワモノである。, 本格的なヒット作はこの直後に発売された、東美由紀の母親である浅野ともこ主演の『おふくろさんよ!』である。元松竹歌劇団団員[123]である彼女は当時48歳[123]ながらB95、W58、H92、Fカップ[123]という見事なボディーを持ち、内容は母と息子の近親相姦ものであった[* 8][124]。全体的な雰囲気は古くさいピンク映画といった趣であったというが[125]、淫乱ともまたひと味異なる、成熟した女性ならではのパフォーマンスを発揮していた[125]。この作品は評論家たちには賛否両論であったらしいが[125]、4,000本を売るヒットとなった。制作者の芳賀にも予想外の数字で、大いに驚いたという[125]。ただし続編についてはやはり女優のアテが無く、保険の外交員に、ギャラと保険加入を条件に出演してもらうということを5作目くらいまで続けざるを得なかった[126]。, その後、このジャンルにも各社の参入が相次いだ[127]。なお、この当時の熟女女優は先述の保険の外交員も含め、専門のAV女優に比べて非常にギャラが安く、1,000本程度も売れれば簡単に黒字となった[128]。また、AVでの熟女ブームを確立した人物として、監督の海山輝一が挙げられる[129]。海山は『おふくろさんよ!』のビッグモーカルに参入、30代の知的で清潔な美人妻というコンセプトで94年より『マダム倶楽部』シリーズを発表、各作品が1,000 - 2,000本を売るヒットを記録する[130]。そしてその後の『貴婦人画報』も含め、「美熟女』という概念を確立した[131]。, 藤木 (2011) はこの熟女というジャンルが地位を確立した原因を、一般のヘア・ヌードブームにある可能性が有ると分析する[132]。例えば日本ヘア・ヌード写真集の元祖ともいえる島田陽子も、辺見マリも山本リンダも四十路を過ぎた見まごうことなき「熟女」だったのである[133]。藤木AVが先か、ヘアヌード写真集が先かは厳密にはわからないとしているが、いずれにせよ90年代より、熟女ブームが世間に定着したことは確かである。, 2011年現在は熟女ものには一定のシェアがあり、必要であればプロダクションからの紹介も期待できるほか、熟女専門のAV女優プロダクションもあるという[126]。なお2011年に至っては熟女ものは最早キワモノでも隙間産業でも無く、品質が求められる時代となっている[134]。また、熟女ものの特徴として、作品の旬が長いといったことがある。若い女優を起用した作品は3ヵ月程度で売れなくなるが、熟女ものは1年単位、1999年に発売された『お茶を摘む田舎のお母さん』(ルビー)が2011年に至っても売れ続ける[135]うえ、作品によってはVHSでの供給が行われるなど、他のジャンルとは一線を画するものがある[135]。, 1934年生まれ、当時76歳のAV男優「徳田重男」が、恐らくは日本の現役AV男優としては最年長としている[136]。74歳時点で既に200もの作品に出演、本人の談では(76歳時点)今なお月に4本の作品に出演し、月に一回は射精も可能とのことであった[137]。1994年にデビューした彼は[138][139][* 9]町内会のヒヒジジイや要介護老人などの役柄もこなし[140]、CNNに特集されるなど、最高齢のAV男優として、一定の著名性を得ている(詳しくは当該項目を参照)。 ダウトのゲームをしたことがある人は何となく意味はわかるかもしれません。ダウトのゲームをしたことがない人や意味を把握していない方は今回しっかりと理解しましょう。, 英語のダウト(doubt)は「疑う・信用しない」という意味があります。国語辞典ではトランプゲームを意味する言葉として記載されています。 ただし藤木 (2011) では、続編が発売されていないことから、後者の方については、売り上げはあまりよくなかったのではないかと推測している[111]。ひとつのブームとなったのは2007年の『はにかみお姉さんの敏感Aカップ 微乳ビンカン美女VS肥満キモメン男優』(渡瀬安奈主演、ワープエンタテインメント)で、貧乳と肥満男性の乳房を比べるような内容のもの[112]。これについての売り上げは不明だが、2010年、『微乳A とっても感じるちっちゃいおっぱい 篠めぐみ』(ドリーム・チケット)は1万本近いヒットとなり、シリーズも2011年までに15本に達している[113]。, なお、胸の大きくない女性にはそれに対するコンプレックスがあり、このジャンルが一定の市民権を得るまでには、女優捜しに少々の困難を来していた[114]。『「こんな胸を見せたくない、恥ずかしい」と言った点も大事なポイントであり、貧乳であるが堂々としている女性は採らない』とする制作者もいる[114]。, 意図的に熟女を主演とし、それを押し出して発表された作品の嚆矢は1990年6月、「ババァー! ]日本のアダルトサイト業者、アダルトビデオメーカーが、性器の露出について日本とは法規制が異なる他国のサーバとプロバイダー経由で有料サイトを開設しており、日本国内からこれらのサイトにアクセスし“無修正映像”を簡単に視聴したりダウンロードすることができるようになった。これを通称海外配信という。, また、「修正映像」も時代と共に変化し、かつては女性の陰毛や肛門が露出しているものは非合法とされていたが、2010年以降では「合法」との見方に変わったり、かつては児童の性器[60]の露出は「合法」とされていたのが、最高裁の判例により「非合法」とされたりと、『わいせつ』の概念や定義は時代によって変遷している。, 倫理審査団体には日本ビデオ倫理協会(ビデ倫)、コンピュータソフトウェア倫理機構(ソフ倫)、コンテンツ・ソフト協同組合メディア倫理委員会(メディ倫)等があり、それぞれ所属する会員である製作会社のビデオが倫理を逸脱していないか監視している。ただし、法的な根拠はなく、審査をパスしていれば、警察に摘発されないという保証はない。, 倫理審査と同時に海賊版製作者に対する警告・告発も行っている。ビデ倫加盟メーカーはビデオ倫理監視委員会を通じて監視を行っている。, 倫理審査団体に所属していないアダルトビデオメーカーの作品は、“自主規制作品”(インディーズ)と呼ばれるが、ビデ倫・ソフ倫[61]以外の審査団体で審査を行った作品はモザイク処理などの点で自主規制作品と大差はなく、一般的にはインディーズとしての扱いを受ける。, 倫理について明確な基準がなく、モザイク処理部分の大小・強弱などでメーカーごとにばらつきがあったり、同一メーカーの作品でも、発売年度などによって違いがあったりする。また、生き残りのため、性器のぼかしが少なく性行為も過激なものも増加傾向にある。, ビデ倫でもヘア・アナルの露出を解禁(2004年末よりヘア露出の一部解禁、2006年8月審査タイトルより全面解禁)するなど、基準の見直しが行われている。, この見直しに対応して、従来はビデ倫・ソフ倫およびそれに準ずる審査団体(制販倫・VSIC)による審査済み作品のみ掲載していた業界誌[62]でも、2006年9月号以降、それ以外の審査団体で審査を受けた作品も掲載するようになった。露出度と売り上げは比例しない。, 制作者側からの区分ジャンルは様々だが、容姿やスタイルを全面に打ち出した「単体女優物」と企画内容を売りにした「企画物」に大きく分けられる。この分類は極めて明確で女優のギャランティーやパブリシティー、メーカーの制作体制などに差異が認められる。つまり女優のネームバリュー押しではなく企画や監督名が前面に出たパッケージ(甲斐正明など)こそ企画物というカテゴリーの目安と言えよう。, 一例としてアダルトビデオにはロリコン・オナニー・セーラー服など様々なジャンルがある。『月刊TVガイド ビデオコレクション 臨時増刊号 アダルトビデオ3000』(1983年の東京ニュース通信社)の索引では14のジャンルに分けられていた[63]。また、藤木 (2011) によればこれは黎明期はVHS供給ということもあり、30分程度と短時間のものが多く、総合的なエロスを盛り込んだ作品を製作することが困難で、1本1本そのジャンルに特化したものを製作せざるを得なかったという事情があるのではないかと考察している[64]。だがDVD・ネット配信などの登場で作品の時間制限が緩やかになった今でも、総合的なエロス作品を目指すかたちではなく各ジャンルについてよりマニアックに掘り下げていくケースが多くみられるとしている[65]。世界的視野に立つとひとりのポルノ女優に焦点を当てた単体物がほとんどであり、趣向別に細かくジャンル分けされているのは日本独自のものである。藤木はこれを「日本独特のAV風土」とし、日本の文化であるとする[65]。, 単体女優物は、主に容姿が美しい女優を全面に打ち出す作品である。女優名を大きく出し、作品内容よりも女優そのものを大きくアピールする。, AV女優一人が出演しているため単体女優物と呼ばれる。単体女優は、AV業界の中で企画物の女優(企画女優)と比較して、容姿やスタイルが美しいとされる。基本的には一人のAV女優が登場する1時間 - 2時間物が多いが、一人の女優の出演本数が増えると2名以上の女優で共演したり、オムニバス形式で出演することがある。単体女優物は、セル・レンタル業界を問わず、各メーカーとも資金を投入し力を入れている。, 単体女優としてAV業界で有名になった後にタレント活動する人(飯島愛・高樹マリア・及川奈央・蒼井そら・吉沢明歩・みひろ)や、AV女優になる前にタレント、グラビアアイドル、スポーツ選手、オナペットアイドル、レースクイーン、アナウンサーであった者(桜樹ルイ・すぎはら美里・夏目ナナ・萩原舞・小森美樹(小森未来)・渡瀬晶・麻生香・青木りん・範田紗々・原紗央莉・きこうでんみさ・まりか・CHACOなど)、元アイドル(やまぐちりこ(元AKB48の中西里菜))、ミスコン出身者(瀬名涼子)もいる。, 企画物は女優の容姿にこだわらず、特定の企画内容を売りにした作品。そのため女優の名前が出ないこともある。テレビや映画のパロディ、大人数もの、人妻もの、素人もの、職業もの(制服女性)、学生もの、レイプもの、ナンパものなど、あるジャンルに特化し、それらを好む視聴者をターゲットにしている。このジャンルの境界にははっきりとした線はなく、例えば「人妻ナンパ」「素人接吻」「女子校生レイプ中出し」といったように複数のジャンルをまたいだ商品も多い。また、単体女優が企画色の強い作品に出演することもある。, 1990年代の末から、元々は企画物の女優であるのに単体女優並みの人気が出てしまうという例が見られるようになった。こういった女優をキカタン(企画単体の略)などと呼ぶことがある。企画物に出る女優の中には、親バレなどを避けるためパブリシティーを制限している例が多く、容貌がきれいであっても単体女優にはなれない(あえてならない)。そのためにギャラが安く抑えられている。結果としてレンタル向けビデ倫系ビデオではなく、インディーズ系への出演が多い。こういったギャランティが安いのに人気が高く、企画に凝らずともビデオが売れるキカタン女優が増え、2000年代初頭はキカタン女優がブームとなった。キカタン女優の代表例は長瀬愛、堤さやか、笠木忍、桃井望などで、前記4人はインディーズ四天王などと呼ばれたことがあった。この点、本来の意味での「企画物」と、少々意味合いが異なってきた部分もある。, ※企画のジャンルについては、あらゆるシチュエーションがあり、その組み合わせの多さから、数限りなく存在し得るため、ここでの列記は避ける。裏ビデオの項も参照。, 精液にこだわった作品、いわゆるぶっかけなどは特にBUKKAKE(発音は「ブッカキー」)として、SUSHIやSASHIMIのように海外でもある程度の定着が見られ[66]、2005年頃、日本からメジャーリーグベースボールに渡った松井秀喜に対して、スタジアムではよくこの「BUKKAKE!」とのヤジが飛んだという。藤木はこれをアメリカのワルガキ共が知っている程度には定着しているものではないかと分析している[67]。また、同書では英語版ウィキペディアのBUKKAKEの項目での、BUKKAKEがアメリカに持ち込まれた経緯についての記述にも言及している[68]。これは藤木が確認した時点で若干の事実誤認があるものの、日本語版よりも詳細であったとしている[69]。, なお、持ち込んだのは松本和彦[70]、持ち込まれた作品は南口るみねの『'95決戦』[70]。これは南口が100人分の精液を飲精する内容で、時期は1996年7月[70]、ハリウッドでのポルノ物産展「Video Software Dealer Association」で上映された[70]。あまりの内容にFBIは、これは虐待だと上映の中止を求めたと言い、これが話題となったらしい[70]。, なお、日本におけるザーメンものの嚆矢はラッシャーみよしである。1980年代当時風俗ライターであったみよしが、ファッションヘルスなどで行われていた飲精という技術またはプレイを「ごっくん」と表現していた[71]。1984年頃以降には雑誌『SPARK』(白夜書房)のグラビアですでにぶっかけが、それも白夜書房編集者有志である男性モデル数名全員がぶっかけるようなものがみられており[72]、「ドピュドピュ」という擬音も用いられていた[72]。, その後、1985年頃より村西とおる、豊田薫らにより「(フェラチオを含む)顔面シャワー」が定着する[73]。そして1986年、雑誌『マスカットノート』12月号でみよしの顔射企画「ミルキー・ドールズ」が開始され、大ヒット[74]。みよしは1988年、AV業界に転身する[75]。初作品は1989年2月の『ダイナマイトスペルマ 藤沙月』であり、顔射は計7発であった[75]。藤木 (2011) によれば、はっきり顔射・ザーメンにのみに注目した作品は恐らくこれが業界初である[75]。, その後みよしはドイツ人ポルノ女優「マンディ」の、口内射精された精液を5分も10分も口中で弄ぶというプレイに強い感銘を受け[76]、更なるザーメンビデオを探求しはじめる。なお、当時としてはマニアックな題材であったため、当初は自主製作ビデオに近いかたちでの供給であった[77]。しかしその後のAVの隆盛の結果、十分な市場を得るに至っている[78]。, なお前述の松本は1994年にみよしと出会い[79]、ザーメンAVショップ「ミルキーショップ エムズ」(のちエムズ・ビデオ・グループに発展)を設立[80]。94年にはオリジナル作品『That's スペルマごっくんプリーズ』を発売、初作品ながら既に前半の20人フェラからのごっくん、後半の生本番6Pで、総射精回数27発に至っており[81]、95年以降は射精回数も増え、トップブランドとなった[82]。また、このジャンルの隆盛は業界に「汁男優」なる、射精だけを求められる職種を創設することとなった[83][* 5]。, 電動ドリル、重機のような威容を誇るマシンにディルドーを据え付け、それを女優の性器に挿入するジャンル[84]。, このジャンルの嚆矢としてはベイビーエンターテイメント/ディープスの『女子高生マシンバイブ』シリーズであるとのことである[85]。その他、自転車を漕ぐとサドルのディルドが上下するソフトオンデマンド『アクメ自転車がイクッ!』などの作品もある。機械的なものが登場する作品としては、日本では2001年『愛玩女獣2 坂井ありす』で自転車のリムに突起物を取り付け女性器を機械的に刺激するものが登場しているが[86]、これは挿入を伴っていない。2002年『犯乳病棟』では巨大なドリルバイブが確認できる[86]。, 海外でもアメリカ・KINK社による「Fucking Machine」というものがあり、同社は2001年頃にはこのジャンルに参入している[87]。藤木 (2011) では、手持ち式でも固定式でもない、まるで重機またはロボットのようなマシーン、日本の「アジアンドラッグ1号」が紹介されている[88]。なお、このジャンルでは男優が画面に映り混まないことが重要視される傾向が有るとする向きがある[89]。AV女優側の証言としては、『爆走!イヌ型アクメマシーンBOWWOW』(ROKET)に出演した長澤リカが、強烈なピストンを受けながらも「案外いいかも」と言及した例がある[90]。また、機材の制作者曰く、女性器は意外と力が強く、マシンの方が駄目になってしまうこともあるとのことである[91]。, シーメールとニューハーフは境目が曖昧であるが、本項では便宜上シーメールに統一する。, アメリカでは1980年には存在していたジャンルであるが[92]、これが輸入され紹介されたのが嚆矢とみられる。日本製としては1986年、映研『シーメール ちえみ』が最初であるとみられる[93]。これは主にゲイショップで販売されたものであった[94]。主演のちえみは単なるゲイと紹介したライターもいたが、身体は、特に尻などは女性のものであったという。, だが当時の日本のAVはモザイクが濃く、シーメールものの要である陰茎が確認できない点ではものたりないものであったという[95]。また、AV監督の山本竜二によれば、シーメールたちも(女性ホルモンの影響もあってか)勃起すらしなかったという[96]。この辺りの性表現ではむしろマンガの方が先行していた[97]。90年にはシーメールを越えた、純粋かつ単純に陰茎を備えたのみの女性、「ふたなり」が登場している[97]。, その後1995年から1996年にかけてシーメールというジャンルはそれなりの市民権を得る[98]。1996年、山本竜二、新東宝SODOM『シーメール天国 両性具有の優越』(主演女優はフィリピン人のTARA[99])では、恐らく日本AVで初となる、シーメールの射精が実現した[99]。監督の山本もやはり射精については重要と考えていたようで、たまたま金銭的な問題で女性ホルモンの投与を打ち始めたところで射精可能なTARAを採用したと言ったうえ、TARAがいなければ日本のシーメールAVはいまだ勃起すらなかったかもしれない、とまで語っている[100]。, 2002年にはマンガの後を追う形で、女優(この女優は完全に普通の女性である)がペニスバンドを装着して男性的オナニーや男性のアナルを犯すという演技を行う『男根少女 広末奈緒』(ドグマ)が発売されている[97]。後続作品も発売され、これは「ふたなりもの」として、一定の形を見る[101]。もちろん、ふたなり女性が女性を犯す設定のものもある[102]。, なお、男優がシーメール女優の陰茎でアヌスを犯される「逆AF」(アナルファック)というものもある[103]。だが、これは2011年現在、シーメール風俗店では(ペニスバンドによるものも含めれば)一般的なものであり、東京都内で30-40件は見られるという[104][* 6]。, 結局のところ、このジャンルは、生物学上にせよ見かけにせよ、男性が男性に挿入、男性が女性に挿入、女性が男性に挿入、女性が女性に挿入、全てがあり得るのである。また、シーメールAV女優は2011年に至っても供給不足であり[105]、「芸は売るがゲイは売らない」という向きが強いとのことである[106]。, 一般的にAVでは比較的豊満な乳房が好まれるが[107]、微乳/貧乳といったジャンルも存在する。, 巨乳という言葉は1980年頃から存在していたが、それがエスカレートしてしまい、Dカップ程度では「美乳」と呼ばれるようになってしまった[108]。「微乳」という言葉の発祥はテレビ朝日系列の深夜番組『トゥナイト2』の構成作家であるようだ[109]。また、微乳が社会的に一定の注目を集めたのは1998年に発売された、当時清純派として人気であった女優、葉月里緒奈の写真集『RIONA』(篠山紀信)の乳房の小ささであったという[108]。前述の『トゥナイト2』も葉月への反響を受けて微乳についての特集を組んでいる。, なお、この嗜好は微乳好きからすればいわゆるロリコン(幼女性愛)とは相容れないものであるとする解釈も強く、何も分からない少女に不埒な行為をするようなことを想像しないでほしい、敏感なおっぱいが好きなのだ、と言ったところであるという。敏感でさえあれば、小さくなくても構わないとする解釈もあり得るようである[110]。, 業界ではそれを全面に押し出したものは、それぞれ2002年の『貧乳マニア おっぱいスペシャル総集編』(Gap Bust)、2004年の『微乳フェチ Acup・Bcup限定 小さなおっぱい作品集』(SODクリエイト)が初[111]。