「列女伝」鄒孟軻母より。孟子の母親は、孟子への悪い影響を避けるため墓地の近くから市場の近くに引っ越し、さらに学校に近くに引っ越した。その結果、孟子は勉学に励み偉大な儒者になったという故事から。, 苦労して一度はよくなったものが、またもとの好ましくない状態に戻ること。せっかくの苦労や努力が無駄になること。, 【故事】 「荀子」の言葉から。 青色の染料は藍から取るものだが、もとの藍の葉より青くなることからいう。「藍」は、たで科の一年草。「青は藍より出いでて藍よりも青し」ともいう。, 【故事】 中国の故事で、詩人である杜黙(ともく)の詩が定型詩の格式にほとんど合わなかったことから。, 【故事】 中国前漢時代に歴史家・司馬遷によって編纂された中国の歴史書『史記』より。「春秋時代、趙の将軍・廉頗は、功績により自分より上位になった名臣・藺相如を恨んだ。しかし相如は二人が争いにより共倒れになることを懸念し、国のために争いを避けるつもりでいることを聞いた廉頗は、自分の考えを恥じ、深く反省した。そして廉頗は相如へ謝罪をし、二人は互いのために頸を刎ねられても悔いはないとする誓いを結んだ。」という記述から。, 【故事】 故事成語とは、昔の出来事を元に作られた熟語のことです。ここでは日本語の中にある中国の故事成語を、その由来となった出来事の歴史地図、年表、関連する参考画像などとともに紹介していきます。. 故事成語は、一つ一つに由来となった歴史や物語があります。 この記事では、沢山ある故事成語の中でも、厳選して 有名な故事成語を100個にしぼり意味と故事付き で掲載しました。 「史記」項羽本紀より。「項王の軍、垓下に壁す、兵少く食尽きぬ、漢の軍および諸侯の兵、之を囲むこと数重、夜、漢の軍四面皆楚歌するを聞きて、項王乃ち大いに驚いて曰く、漢皆己に楚を得たるか、是何ぞ楚人の多きやと。」楚の項羽が垓下に囲まれた時、夜更けて東西南北四面の漢軍の中から楚国の歌が聞こえ、楚の民が全て漢に降伏したのかと驚いたという故事から。, 【故事】 明智光秀が備中(びっちゅう=岡山県)の毛利氏を攻めるため出陣したが急に方向を転じ、「わが敵は本能寺にあり」といい本能寺にいた主君織田信長を急襲したという戦国時代の話から。, 【故事】 白い眉毛という意味。三国時代、蜀にいた馬氏の5人兄弟はいずれも優秀で、兄弟すべての字(あざな)に「常」という字があったことから「馬氏の五常」と言われていた。その中でも、眉毛に白い毛があった長兄の馬良は特に優れていたため、最も優れているものの例えとされている。【出典】蜀志[馬良伝], 【故事】 「後漢書」の中の「今東帝無尺寸之柄、驅烏合之眾、跨馬陷敵、所向輒平」が由来です。東帝(劉秀・りゅうしゅう)が王郎と戦う事になりましたが、敵は兵の数が多いため、東帝は王郎を倒せるか心配になりました。すると部下が「王郎は烏合の衆を集めただけだから、この戦は勝てますよ」と言って東帝を励ましました。そこから、統率のない群衆や軍勢をあざけて、烏合の衆と呼ぶようになりました。, 遠国と親交を結び近国を攻略する外交政策。遠い国と手を結び、背後から牽制(けんせい)させながら近い国を攻める策。遠い国は最後に攻めるという策略。, 【故事】 中国最古の詩編『詩経』の『小雅・鶴鳴』篇にて、「他山の石、以て玉を攻むべし」とあるのに基づく。「よその山から出た粗悪な石でも、自分の玉(宝となるもの)を磨く砥石として利用できる。」という意味から。, 【故事】 漢(かん)の国の皇帝の成帝(せいてい)のとき、朱雲(しゅうん)という家臣が上役の悪だくみを知り、成帝(せいてい)に何とかするようにといさめた。成帝(せいてい)はたいへん怒り、朱雲(しゅうん)を御殿(ごてん)から引きずりおろそうとした。朱雲(しゅうん)は、欄檻(らんかん…てすり)につかまって必死に訴えた。欄檻(らんかん)は折れ、地面に落とされても朱雲(しゅうん)は訴え続けたことから、この語ができた。(漢書), 【故事】 楚の人が、鄭の霊公にすっぽんを献上しました。公子(貴族の子)である子公と子家が、ちょうどそのとき霊公の屋敷を訪れようとしていました。その時子公の人差し指がぴくりと動いたので、子公は子家にそれを示してこう言いました。「私の人差し指がこうなる時は必ず珍味にありつけるんだ」。二人が霊公の屋敷に入ると料理人がちょうどすっぽんをさばいているところでした。, 【故事】 「史記」より。中国の春秋時代、即位して何もせずに三年間が過ぎた楚の荘王に伍挙が言ったことばで、これを聞いた荘王は「この鳥は飛べば天まで昇り、鳴けば人を驚かすだろう」と言って国政に力を入れだしたという故事による。, 戦争に敗れた将軍はその戦いについてあれこれ言うべきでないし、兵法の理論などを説く資格もないという意味。失敗した者は沈黙すべきだというたとえ。「兵」は、「戦い」を意味する。, 【故事】 「晋書」より。貧しくて灯火用の油が買えないため、車胤は蛍を集めた光で、孫康は窓辺の雪明かりで読書したという中国の故事から。, 【故事】 漢(かん)の国の王の劉邦(りゅうほう)と天下を争った楚(そ)の国の王の項羽(こうう)は、会見の時に項羽(こうう)の軍師の范増(はんぞう)の指示に従って、剣の舞(けんのまい)にかこつけて劉邦(りゅうほう)を殺そうとした。それを知った劉邦(りゅうほう)の家臣の樊かい(はんかい)が髪をさか立てて、怒りの顔つきで目をらんらんとかがやかせ、項羽をにらみつけていたので、劉邦は殺されずに助かったということから、この語ができた。, 【故事】
 中国前漢時代の討論会(塩鉄会議)の記録を、政治家・学者の桓寛が60篇にまとめた書物『塩鉄論・詔聖』より。「死して再びは生きずとなれば、窮鼠も狸(野猫)を噛む(死に物狂いになった鼠は猫を噛むこともある)」という記述から。, 【故事】 「交」は交際、「攻」は攻撃の意味。中国の戦国時代、魏(ぎ)の范雎(はんしょ)が秦(しん)の昭(しょう)王に進言した外交政策。秦はこの政策によって諸国を征服し、范雎はこの功で宰相になった。, 取るに足りない小人物(しょうじんぶつ)には、大人物(だいじんぶつ)の考えや大きな志などが分からない事。, 【故事】
 元々は中国の故事であり、『史記』という書物に記されている。中国の春秋時代後期に越の王として天下を取り、後に春秋五覇の一人として名が挙がった勾践(こうせん)が天下を取る以前の話が元になっている。呉の王・夫差(ふさ)と会稽山という中国の紹興市南部にある山で戦うも敗れ、夫差から様々な屈辱を与えられる。その時の苦しくも悔しい想いを“会稽に恥”と勾践が表現したことから転じてきている。, 学問を修めるためには、一つ一つの基礎を積み重ねて学んでこそ初めて習得するものであり、裏技は存在しないという意味。, 【故事】 ±ã‚’知れば百戦殆からず, 過ぎたるは、なお及ばざるが如し. 成語故事 四面楚歌. 故事成語「鶏鳴狗盗」の読み方や意味、由来の逸話について. 中国前漢の武帝の時代の歴史家・司馬遷が著した歴史書『史記』にて、中国の、後に楚王となる陳渉が若い頃に農耕に雇われていたときに、その大志を嘲笑した雇い主に向かって「磋呼、燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」と言ったとされる記述から。, 多くの人が集まって話し合いや相談をしているが、時間ばかりかかってなかなか結論がでないこと。また、その話し合いの内容の低さを皮肉ること。, 【故事】 北夢瑣言。「天荒」は天地が分かれる前の混沌とした状態。中国の唐時代、官吏になるための試験に合格者を出したことのない、荊州(現在の湖北省)は天荒と呼ばれ、そこから合格者が出た時に天荒を破ったと言われたという故事による。, 善し悪しも考えずに、やたらに人のまねをする。また、他人にならって物事をするのを謙遜していう言葉。, 【故事】 「論語」「子路」から。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」君子は人と協調するが、安易に同調したり雷同したりすることはない。主体的に人とつき合うべきであるという言葉。. 中国の「漢書(かんじょ)趙充国伝(ちょうじゅうこくでん)」にある言葉が由来。「百聞は一見に如かず。兵はるかに度(はか)り難し。臣願わくは馳せて金城(きんじょう)に至り、図して方略をたてまつらん。」戦のことは遠く離れたところにいたのではわかりません。私が金城に駆け付けて状況を探り、図に書いて作戦計画を奏上いたしましょう。とあることに基づく。, 時勢や情勢に合わせた対処の方法のこと。もとは軍を指揮するときの四つの心構えのこと。風のように速く行動して、林のように静かに機会を待ち、火のように激しく襲い掛かり、山のように動かずに構えるという意味。孫子の中の句を略した言葉で、武田信玄が旗印に使ったといわれている。, 【故事】 故事成語「塞翁が馬」の意味や読み方、由来の話について 「牛首を懸けて馬肉を売る」とは?意味や由来の話について. 検索: 最近の投稿. ・何事も、先手を取ることで成功の糸口をつかめるが、後手に回っては勝ち目がない。, 【故事】 中国・後秦の王嘉による志怪小説集『拾遺記』 より、「周の太公望は、若い頃貧乏なのに働かず読書ばかりしていたので、妻は愛想を尽かし出て行った。後に太公望が出世して高位につくと、出て行った妻が復縁を求めてきたが、そのとき太公望は盆の水をこぼして「この水を元に戻せたら復縁に応じよう」と言った。」という記述から。 ・先手を取ることができれば、相手を圧倒し、抑えつけることができる。 アメリカ大陸の発見はだれでもできることだと批判する人々に対して、コロンブスは卵を立てることを試みさせ、だれにもできないのを見て、卵の尻をつぶして立ててみせたという逸話から。, 人生では何が幸せになるか、何が不幸せになるかわからない、人生の幸不幸は予測できないものだというたとえ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ。, 【故事】